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モンホル

 午後のごはん遅かったんだよなー。もっと早く食べればよかった・・・。

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 山形からの帰り道。喜多方市内に入るとドラマチックな夕焼けを見て沈黙。美しい。
 夕焼けのショウが終わるとすぐに整体の先生のところにお邪魔する。毎週のことだけど僕の前の予約者は同級生のK。
 「最近、飲み過ぎで調子わるい」
 と言いながら、最近になって始めた鉄道模型を携帯電話で写した写真を見せてくれた。
 整体を終えると整体の先生の奥さんが、健康的な玄米を炊いたので食べて行かない?とお誘いを受けたのですが、同級生のドサハルとお肉を食べる約束がございまして・・・。
 健康と不健康の繰り返し。この矛盾が僕のレールのようだ。


 山都町堰沢在住のドサハルと舟岡のベースマンと合流。一行は高郷・荻野駅前の“吉田屋食堂”に直行する。
 
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 ジュー、ジュー。

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 お肉をちょっぴり控えている僕はこんなキャベツをオーダー。

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 まだまだお腹が空いているドサハル。

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 最後の〆は中華そば。僕は塩ラーメンを半分食べる。
 そして21時30分にお店を出る。お店はもう閉店時間を過ぎていた。
 その後、コンビニでアイスを買ってドサハル宅でデザートを食べた。
 明日は限りなく運動することを誓う。

米坂線

 午後の少しの時間スキップしながら米沢市・川西町・飯豊町をぐるりとパトロール・・・とお気軽風に書いても、ふだん行きつけていない町は旅行不案内でちょっぴり不安になります。


 まずはお目当てのキハ52!
 
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 そんでもう一両のキハ52!

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 違う車両なのに同じ写真のようになっているのが情けない。

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 風前の灯となった急行型の汽車をありがたく写す。
 君と会うのは10月25日の山都の鉄橋と只見線以来です。10月26日、僕は思いっきり寝坊したので君は夢の中を走り去って行きました。会えなくてごめんね。でも11月1日はふたたび山都駅を通るんだよね。必ず会いに行くよ。
 米沢駅。

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 パトロールの理由はポスターの内容と同文です。
 米坂線 羽前小松駅。

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 簡易委託の職員はお姉さん二名で勤務という豪華版です。
 米坂線 羽前小松駅。

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 そんな駅のお姉さんリコメンドの食堂でお昼。夜は食いしん坊の同級生に誘われて一緒に晩ごはんを食べる約束をしているのに、このような食事をしている自分の胃袋にお詫びをいれる。

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 生そばも中華そばもある地元のレストランです。

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 羽前小松駅は川西町というところにあります。大きなダリヤが大歓迎してくれます。
 
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 食堂を教えていただいたチップ代わりに入場券を購入。簡易委託駅で入場券を購入してホームに入るのはなんだか複雑な気分。
 
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 ホームにも僕の顔ほどの大きなダリヤがあります。

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 あまり見かけないフォントを使った駅名表。

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 羽前小松駅のホーム。“羽前”なんて旧国名を見聞きするとずいぶん遠くの街へ来たみたい。喜多方市内からそんなに走った感じがしないのは気のせい?

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 今日はいつものように夕方から喜多方市内の整体に行く日です。予約時間は17時なのでまだまだ時間があります。昼食を食べたダリヤの町川西町から飯豊町に移動して“道の駅いいで”で休憩する。それにしてもこの道の駅は所狭しと地の物や下り物が溢れんばかりに並べてあって、よくぞこれだけの品を持ってきて並べたなーと感嘆する。さらに稲刈りを終えてどこかの温泉に骨休みにやってきたおじいさんとおばあさんが観光バスを降りたとたんに気前よく買い物をバンバン始めてどこかの国の株価の下落などどこ吹く風。
 道の駅を冷やかした後は飯豊町役場を表敬訪問し観光パンフレットをいただく。若手職員さんが、
 「地図のようなものをお探しなのですか? こちらにはこのようなものしか在庫がなくて・・・ごめんなさい・・・」
 と懇切丁寧に接客してくれた上にお詫びの言葉をいただく。こちらは単なる通りすがりの物見遊山な身分なので恐縮してしまう。パンフレットありがとう。
 その後、急に思い立って米坂線の羽前椿駅へ向かう。羽前椿駅は遠くから見るとどこかおそば屋さんのような建物に見えるのがおもしろい。駅舎は簡易委託駅と観光案内所兼ねていて二名の職員さんが切符を売ったり観光案内をしたりと大活躍。もちろん僕もせっかくなので観光案内をしていただく。
 「あの、僕はこれからどこへ行けばよいのでしょうか?」
 と軽薄なアプローチをしたものだから、次から次ぎへと飯豊町のパンフレットが出てきてカウンターを埋め尽くす。いやー、こんなにパンフレットをいただいた上に丁寧に観光案内をしていただくと本気で飯豊町に再訪しなければバチが当たります。それにしても“飯豊”という地名を他県で見ると本当に妙な気分。飯豊町は一ヶ月ほど前にMちゃんと出かけた御沢のすぐ反対側だと思うとなおさら摩訶不思議なのです。

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 記憶って不思議だ。駅舎はすっかり新しくなっていたので気がつかなかったけど、ホームに出た瞬間、ずーっと昔にこの羽前椿駅に誰かと来たときのことをぼんやり思い出した。でも僕は慌ててその記憶をぼんやりのままにしておいた。自分探しもほどほどに。そんな思い出は誰にでもあります。
 帰り道は適当にハンドルを握っていると火曜サスペンス劇場に出てきそうな山道を走っていることに気付きかなり不安、というより整体の時間に間に合うのかでドキドキ。でも、適当に走っていたら121号線にぶつかり、あっけなく喜多方市内に入る。いつも思うけどこの大峠トンネルってかなりどこでもドアに近い感覚。この道をこしらえた人ってすごいな。
米坂線 羽前椿駅

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1227列車


 1227列車が山都駅に到着する。

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 山都駅から乗る客はわずか。

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 下車客は数人。飯豊山登山だろうかリュックを背負った人もいる。

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 たったひとりの駅員さんは荷物を取りに行っているので切符を集める人は誰もいない。

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 荷物がホームに降ろされた。車掌さんは手を挙げて荷物車掌さんと出発の確認をして、機関士さんに無線で発車合図をする。

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 駅員さんは持ちきれなかった荷物をふたたび取りに行く。


231D


 山都〜荻野間

雪の駅

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 山都駅に1227列車が到着する。山都駅のホームにはこれから巡回に出かける保線の職員さん、郵袋を取りにきた郵便局の職員さん、荷物を取りにきた駅員さんがいてとても賑やか。
 朝は日がさして天気が良かったのにいつの間にか雪がチラチラ降ってきた。
 材料線のモーターカーは前面に雪かきのラッセルを付けていました。

正しい情報

 まずはきちんとした情報を。先日の日誌の「催事など。」の文中で、「(多分)11月3日に山都教会でバザーがある」と書いたのですが、今朝、教会のチラシが入りました。詳細は下記のチラシで。
 ブログとは言え小さなメディアなのできちんと訂正しておきます。ごめんなさい。
 ※農協はチラシが入り次第、きちんとした日付をアップします。

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ある日の山都駅

 ふだん汽車の本数が少ない山都駅だからこそ、イレギュラーでやってくる臨時列車がありがたいのです。臨時列車は時々お母さんがときどき作ってくれる栗ごはんのようでもあります。


 6月の磐越西線は、新潟方面から野沢駅にやってくる大山神社参拝臨時列車(なぜか新潟県民に信者が多い)と、おなじく新潟方面から会津若松に修学旅行でやってくる生徒を乗せた臨時列車がほぼ毎日走ります。新潟県の生徒はキハを貸し切って修学旅行か・・・。いいなぁ。

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 会津若松の修学旅行を楽しんできた生徒を乗せた臨時列車8221Dは山都駅に30秒だけ停車します。時刻は山都駅13時51分着13時51分30秒発です。

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 臨時列車が出て行った後は山都保線管理室に顔を出す。材料線にはM'T'T(保線車両)がいて、野沢保線支区のモーターカーを運転する職員さんが手入れをしていました。

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 なんとなくモーターグレーダーに似ている。働く黄色い車両は道路や鉄道を問わず大好きです。
 
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 憧れの職場、山都保線管理室。大竹保線管理長、小林副保線管理長、佐藤保線管理掛、伊藤保線管理掛の四名が日夜線路を守っています。

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 サビサビのレール、朽ちたまくら木、線路の石の代わりに夏草、とっても味があって大好きな山都駅材料線(勝手に四番線)です。

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 山都駅17時57分発急行「あがの3号」新潟行(五泉〜新潟間快速)

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 この頃の趣味は“夜タノ”。晩ごはんを食べてから山都駅に貨物列車を見に行きました。でも、最近の1262列車は貨物が連結されておらず機関車だけなので寂しい。
 
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 下り線を1263列車が通過してゆく。子供の頃貨物列車は一体どこに行くのだろう・・・ってずっと思っていました。それが後になって貨車をじっくり見てみると、実は一両一両行き先が違っていて、途中の大きな駅で離ればなれになってそれぞれの目的地に向かうことを知った。そして機関車のすぐうしろと貨物列車の一番うしろには車掌さんが乗る車掌車が必ず連結されていた。ある日僕は駅に停まっている車掌車の中を覗いてみたら、天井の白熱球が車内をオレンジ色に照らし、窓際に作り付けの机があって、真ん中にダルマストーブがあって屋根から石炭が燃えるおいしい匂いがしていた。これがなんだか山小屋みたいななんとも言えない暖かい雰囲気だった。ダルマストーブの上でお餅を焼いたりコーヒーを作ったりしてのんびり旅をしてみたいなと、子供の頃の僕はそんなこと本気で考えていた。客車はお金を払えば乗れるけど機関車や貨車は職員にならないと乗ることはできないのでそんな気持ちにさせたのかもしれない。

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 貨車を連結していない機関車だけの1262列車を撮っていたら年配の機関士さんが声をかけてきた。
 「こんな夜に、なんで貨物の写真を撮っているの?」
 確かに僕の目の前に停まっているのは、華やかな特急でもないフツーの地味なディーゼル機関車だ。機関士さんは僕の行動が不思議で仕方ない顔をしていた。すると、
 「機関室も写してもいいよ」
 最初は聞き間違いかと思ってボーッと突っ立っていると、今度ははっきりと、
 「気をつけて乗ってね」
 と聞こえたので、そこで初めて機関士さんの言っていることが分かった。
 機関室はエンジンの音が鳴り響きかなりやかましく、油と排気が混じった独特の匂いがした。
 機関士さんはレバーやメーターを懇切丁寧に教えてくれた。

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 機関室の見学を終えてから実直そうな機関士さんを記念撮影し、後で会津若松の機関庫へ写真を持ってゆくことを約束しました。

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 朝の山都駅でも貨物列車同士の交換がありました。上り1260列車は山都駅7時34分着7時42分発で、写真のDD51-545の右側に車掌車が小さく写っていますが、これは山都駅3番線に入る唯一の1291列車です。

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 山都駅3番線の線路のサビを落としてくれる唯一の1291列車は山都駅7時19分着で8時48分発の長時間停車列車。

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 比較的新しいヨ8000。これが貨物の車掌車です。1291列車。

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 山都駅11時21分発1226列車。

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 CTC化により車掌さんが機関士さんに出発合図を送る。1226列車。

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 お昼前の汽車は旧型客車でした。窓を開けてのんびりと小さな旅を楽しむ。山都町川吉付近。

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 50系客車とキハ58(237D回送)の混結。山都駅20時19分発234列車

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 行き先は「野沢」のまま。キハ52-127(237D回送)。山都駅20時19分発234列車

野沢駅のお座敷列車

 野沢駅に新潟局のお座敷列車がやってきたので撮影しに行ってきた。野沢駅にお座敷列車が来るなんて不思議。お座敷列車のお客さんは大山神社にでもお参りに来たのだろうか。ちょっと時期外れのような気がした。


 お座敷列車は野沢駅を20時台に出発するので、山都駅18時36分発1225列車に乗るけど車内は下校の高校生たちでいっぱい。中学生の僕はちょっと居心地悪い。
 野沢駅三番線(臨時列車がよく使う)にはDD51-505牽引のお座敷列車が停車中。DD51と12系客車の組み合わせはとてもお似合い。いや、12系はどんな機関車にも似合う優等生的客車なのかもしれません。

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 野沢駅のホームには僕以外誰も居ない。ちょっと気まずいけどそのままホームで撮影をする。

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 お座敷列車って一両ごとに名前が付いているんですね。この車両は「月山」です。

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 われらが「飯豊」を発見。平仮名の「いいで」だと往年の急行「いいで」を彷彿させるのですがこれは漢字でした。

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 一番線には塩川のセメントターミナルからやってきた5261列車が到着。このセメント貨車を見るたびにその色からクリームソーダを思い出してしまうのです。

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 お座敷列車の車掌さんに呼ばれて「記念写真を撮ってあげる」と言われた。この時代に野沢駅で汽車の写真を撮っている中学生なんて皆無だったので珍しがられたのかも知れない。写真を撮ることはあっても撮られることは少なかったので嬉し恥ずかしでした。

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 二番線に上り234列車が到着。野沢止まりの237Dを会津若松駅まで併結するので長時間停車する。

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 一番線に237Dが到着。キハユニ26から少量の荷物が降ろされた。237Dは一旦新津方に移動して二番線に停車中の234列車の最後尾に連結される。

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 1982年(昭和57年)11月15日ダイヤ改正まで237DはDE10牽引の客車列車(スユニ50と旧型客車二両)だった。
 右側の50系客車にキハ23が連結。磐越西線唯一の客車とディーゼルカーの混結編成です。

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 後日、残ったフィルムで懐かしいラビットを撮影。ラビットは会津若松市内でよく見かけた。

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 こちらは年代物の“カブ”。家の前の自転車屋さんにいました。

写真クラブ

 僕は中学三年になると写真クラブに入った。クラブのメンバーは三年生が四〜五人、二年生はゼロ、そして勘違いをして入ってきた一年生が一人いた。
 クラブ活動の内容は野外での撮影や暗室の現像がメインだけど、やはり校門を出て町を散歩しながらの撮影は何よりの楽しみだった。当時写真クラブの顧問は校長先生だったけど、会議とか出張が多くほとんどのクラブ活動には顔を出さず、毎週僕らが勝手に活動内容を決めて動いていた。
 

 町内で撮影に行くとすれば鉄橋か駅。みんな僕の趣味を快く飲んでくれた。

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 写真クラブの日は100円玉持参が鉄則であった。売店でアイスを買うためだ。

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 アイスを食べながら駅舎を写す。意外にも山都駅は雪国なのに瓦屋根になっている。建物の右側半分は駅事務室で「安全宣言駅」のスローガンが見える。

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 山都駅ホームを新津方に行くと保線の人たち(野沢保線支区)が軌道自転車の修理をしていた。この軌道自転車には草刈り機用のエンジンが積まれ夏の線路巡回などに使われる。もちろんペダルもついていて自転車のように線路を走ることができる。これ、本気で欲しいと思った。

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「急行」の表示を出している四両編成のディーゼルカー。急行「いいで」は僕が中二の時に廃止されているので臨時列車だろうか。

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 この写真は週末のひとりクラブ活動。キハ45やキハ35を中心とした228D。山都〜荻野間

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 1229列車 山都〜荻野間

釜の橋りょうなど


 1229列車 山都〜喜多方間。

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 1229列車 山都〜喜多方間。

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 228D 山都〜喜多方間。

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 釜の脇橋りょう 荻野〜尾登間。

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 221D 荻野〜尾登間。

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 221D 尾登駅。

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 221D 尾登駅。

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 犬顔のモーターカーは保線の新人選手。 野沢駅

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 221Dのキハ45の車内。

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 221Dのキハ45の車内。

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 221Dは徳沢駅で1260列車と交換。

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 徳沢駅。

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 現在の釜の脇橋りょう。 2008年10月20日撮影

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